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「クライ・マッチョ」

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21世紀の老カウボーイ、古き良きアメリカの夢を見る


監督/製作:クリント・イーストウッド
原作/脚本:N.リチャード・ナッシュ
制作:アメリカ
第34回東京国際映画祭オープニング作品
公式サイト:https://2021.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3400TOC01

 【ストーリー】
かつてロデオスターとして華々しい活躍を刻んでいたマイク(クリント・イーストウッド)。だが怪我で引退してからは自堕落な生活を送り、今や雇用主ハワードの温情で、牧場の一角で養ってもらっていた。そのハワードが「頼まれてほしいことがある」と言う。離婚して今はメキシコにいる元妻が、息子ラフォをどうしても渡さないので、誘拐してでもアメリカまで連れてきてほしい、というのだ。立場上、断ることのできないマイクは、渋々メキシコへと向かう。元妻はマフィアのボス的存在であり、コワモテのボディガードがいっぱい。ただ、酒と男に溺れ日々を送る母親を、息子のラフォはよく思っていなかった。「アメリカに行けば、違う世界が待っているぞ」マイクの一言に惹かれ、ラフォはマイクとともに、国境を越えることを決意する。しかし母親が黙っているわけはない。警察権力との癒着をいいことに、行く先々で待ち伏せされ、なかなか国境にたどりつかない。そんな時、2人の窮地を救ったのは、片田舎の町で食堂を営む女性マルタだった。

【みどころ】
第34回東京国際映画祭のテーマは「ボーダー」である。この映画にある「ボーダー」それはアメリカとメキシコの「国境」に他ならない。メキシコ人にとっては「あちら側には夢がある」と憧れ、アメリカ人にとっては「こちら側には正義と秩序がある」と誇る、そんな国境。……いや、いつの話の映画なんだ? ほんとに21世紀のお話ですか?
それもそのはず、この作品は1971年に出版された同名小説が原作で、何度も映画化が企画され、そのたびに諸事情により中止に追い込まれている。「諸事情」は俳優の都合が大きいが、原作者の「一字一句変えずに映画化」したい、という要望が、50年後の今、実現してしまった、ということなのかもしれない。

「クライ・マッチョ」の価値観が、悲しいまでに20世紀であるのには、そういう経緯があるのかと知れば腹も立たないが、2004年の監督作品「ミリオンダラー・ベイビー」以来、現代の潮流を敏感に察し、老兵でありながら常に新しい視点から映画を製作してきたイーストウッド監督の気概は、この映画のどこに現れているのだろうか。
父親と離れ、母親にスポイルされ、大人の汚さの中で育ったがため、ラフォは人生を真正面から捉えようとしない。大人ぶっていじけるラフォに、マイクは「生きる喜び」を教える。一人前の男になるとはどういうことか。真正面からぶつかってきてくれる初めての大人として、マイクはラフォの師匠となるのだ。
そこはいい。そこはいいが、メキシコが無法でアメリカ人が正義である、という価値観は、あまりにステレオタイプだ。母親が飲んだくれで男好きだから、息子が離れていく、という構図も然り。対照的に、ヒロインはラフォの母親と同じメキシコ女性でありながら、信仰深くてよく気が利き、料理がうまい。美しくて姐御肌で情熱的で、男を全部許す。そして老カウボーイにそっと寄り添ってくれるのである。「こんなしとやかな、一歩下がってついてきてくれるような女性は、もうアメリカにはいないよ」と言わんばかりに。
ハワードは、単に「財産」のためにラフォを呼び寄せただけである。それを知りながら、「それでもあそこにいるよりはアメリカの方が未来が開ける」とマイクはラフォに言う。言いながら、自分を納得させている。そして、ラフォを「財産目当て」のハワードに引き渡すと、自分はマルタのもとへと車を走らせる。そこは、彼にとって夢の世界である。まだ「カウボーイ」がいて、まだ「しとやかな女性」がいるから。

今回の東京国際映画祭では、様々な国の映画が、現代にある様々な意味の「ボーダー」を提示、そして突破しようと斬新なストーリーを展開してくれた。その中にあって、オープニング作品として選ばれたのが「クライ・マッチョ」である意味をかみしめる。「市民」「箱」で露わになったメキシコの現状と比べれば、「クライ・マッチョ」に描かれたメキシコの、なんと牧歌的なことか!
21世紀に巻き起こる価値観の転換についていけない男たちが、「ああ、昔はよかったなー」と夢をみるような、非現実的なロードムービーである。この映画で描かれていたのは「古き良きカウボーイ時代の幻影」であって、決して「現在のメキシコ」ではなかったと思う。製作が「アメリカ」のみで、「メキシコ」が入っていないことにも、その一端は現れているような気がする。

【初出:Wife398号 2022年2月。「女性が『境界』を越えるとき」から抽出し、加筆の上公開 文/仲野マリ

 

 

 

 

「箱」

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

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