寝不足のシンママ、異次元の楽天冒険家と出会い自分を取り戻す
演出:リサ・ピーターソン
脚本:ジョー・ディピエトロ
作曲:ブレンダン・ミルバーン 作詞:ヴァレリー・ヴィゴーダ
監督(シネマ版):デイヴィッド・ホーン
プロデューサー:ボニー・コムリー、ジオ・メッサーレ
エグゼクティブ・プロデューサー:スチュワート・ F・レーン
配給:松竹
公開:2024年10月4日(金)より全国順次限定公開
公式サイト:https://broadwaycinema.jp/eslovesme
【ストーリー】
キャット(ヴァレリー・ヴィゴーダ)は、ビデオゲーム音楽の作曲家。機材を駆使し、たった一人でオーケストラ並の音楽を作り上げているが、クライアントから「不採用」と言われれば、1ドルにもならない。その上キャットはシングルマザー。乳飲み子を抱え、夜泣きと戦いながら「1日36時間」生きているくらい消耗している。
そんなある夜、出会い系サイトに自己紹介動画を投稿すると、南極から返信が! 相手はなんと、伝説の南極探検家、サー・アーネスト・シャクルトン(ウェイド・マッカラム)だった。すでに死んだはずのシャクルトンだが、彼は今、南極で船が難破し流氷の上で身動きが取れなくなっているという。そんな命の危険と隣り合わせな状況でも、シャクルトンは元気で笑顔を絶やさない。「超オプティミスト(楽天家)」なのだ。時空を超えてアプローチしてくるシャクルトン。キャットは次第に心を奪われていき、シャクルトンと22人の仲間とともに、生還する日を目指し、時空を超えて雪の南極横断をする壮絶な冒険の旅に出る。
【みどころ】
良質な音楽と、コミカルでスピーディーな展開で、あっという間の88分!
育児に疲れ、仕事もなかなか成果が出ず、金銭的にも苦しいシングルマザーが寝不足の中で出会い系サイトにエントリーしたところから始まる奇想天外なドラマだが、気がつけばこちらも南極を必死で冒険している気持ちになる。狭いアパートの一室と、パソコンのディスプレイと冷蔵庫。これだけで壮大な南極探検が目の前に現れる演出が素晴らしい。
また、何より音楽的なクォリティーの高さである。舞台上にはたった2人しか出てこないし、舞台はアパートの一室だけなのだが、その2人の素晴らしい歌声が夢の世界へと誘う。16曲に及ぶ劇中歌の作詞は、キャット役ヴァレリー・ヴィゴーダ。彼女は電子ヴァイオリンを中心に、様々な楽器を駆使しながら歌う。その上を行くのがウェイド・マッカラム。とにかく圧巻の歌声である。20世紀初頭を生きたイギリス人のシャクルトンと、21世紀のアメリカ人であるブルース(キャットの乳飲み子の父親)を見事に演じ分け、別人と見まごうばかり。喋り方、歌い方、全てに「違い」を見せて完璧なのだ。
完璧といえば、ヴァレリーとウェイドのデュエットは最高! 歌の上手いスター同士でも、ハーモニーとなると違和感の出てしまうことがあることもあるが、この作品では、それぞれの個性を活かしたまま、超絶技巧のハーモニーを楽しめる。
映画の日本タイトルは「アーネストに恋して」だが、原題は”Ernest Shackleton Loves Me”。恋をするのはシャクルトンの方である。もちろん、キャットもシャクルトンに惹かれていくが、自分にあれほど「ご執心」であったシャクルトンに、実は……という設定も現実的で笑える。
でも大切なのは恋の成就ではなく、キャットがシャクルトンとの出会いを通じて、自分の大切なものと向き合い、自分を取り戻していく過程だ。音楽を作り続ける自分の志について、あるいは、今や「やっかい」にしか感じられない子どもについて。
上質な音楽と、気の利いたウィットと、現実をシニカルに俯瞰する目と、理想に向かって走る勇気と。観終わった時に、胸がじんわり熱くなる作品である。
ⒸJeff Carpenter
伝説の南極探検家「アーネスト・シャクルトン」は実在する!
1874 年 2 月 15 日、アイルランドのキルデア州に生まれる。
1901 年、スコット大佐率いる RRS ディ スカバリー号による南極探検に参加。
ニムロッド遠征では 1909 年に南極点到達直前まで進み、 英雄として帰国後、ナイトの爵位を授与される。
1914 年に出発した帝国南極横断探検隊への参加を経て、第一次世界大戦に参戦。
1921 年には クエスト号による南極遠征の途につくものの、
1922 年 1 月 5 日にサウスジョージア沖にて心臓発作のため急逝。
遺体は妻の希望によりサウスジョージア州に埋葬された。
【文/仲野マリ】
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