彼女が守りたかったのは、庭か、家族か、思い出か
監督・脚本・撮影:上田義彦
配給:ビターズ・エンド
公開:2021年4月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか、全国順次公開
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/tsubaki/
【あらすじ】
葉山の海を見下ろす坂の上。古民家を移築した瀟洒な一軒家に、手入れの行き届いた広い庭。四季折々草木が花をつける。この家に暮らす美しき老婦人・絹子(富司純子)にとって、庭は人生のすべてだ。しかし長年連れ添った夫の死が、全てを変える。土地家屋の相続税問題によって、亡き長女の忘れ形見である孫娘の渚(シム・ウンギョン)との同居生活は脅かされることとなった。娘の陶子(鈴木京香)は、渚ともども自分の家で同居しようと勧めるけれど、絹子はなかなかウンと言わない。ついに「この家と庭を愛し使ってくれる人になら」と売却を決めた時、彼女の「決意」はその先をも見据えていた。
【みどころ】
相続問題ほど、家族の形を浮き彫りにするトピックはない。「うちの親戚は世界一仲がいい」と思っていたのに、一目置かれていたビッグママやビッグダディがいなくなった途端、次から次へと本音が飛び出し、骨肉の争いが始まる。「いい人たち」と思っていたおじさんやおばさんの、あるいは兄弟姉妹の、思ってもいなかった豹変ぶりに衝撃を受けた人は、少なくないのではないだろうか。
「椿の庭」は、静かな映画である。争いはない。皆、自分以外の人の気持ちを思いやって申し入れ、行動する。しかし、それは「心からそう思っている」のだろうか。そこが、この映画の恐ろしいところである。
絹子は無口で、黙々と庭の雑草をむしり、枯れ葉を掃く。「私の生活ルーティーンは誰にも侵されない」という決意には揺るぎがない。亡き夫との思い出を守りたい一心でもあるだろう。
娘の陶子や孫の渚には別の思惑がある。それまでこの家に何の執着もなかったように思えた陶子が、古い籐椅子に座った時に見せる表情は忘れ難い。誰にでも、「自分が育った場所」を手放す痛みはある。
かたや、渚にとっての「家」とは何だったのか。不意に飛び込んでくるラストシーンが、渚の決断と、それをもたらした家族の歴史が胸に刺さる。(文/仲野マリ)
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