「破戒」

©全国⽔平社創⽴ 100 周年記念映画製作委員会

父は「隠せ」と言った。暴かれる恐怖、言えない辛さ。どちらをとるか?

 

企画・製作:全国⽔平社創⽴100 周年記念映画製作委員会
制作:東映株式会社
制作協⼒・配給/宣伝:東映ビデオ株式会社
制作プロダクション:東映株式会社京都撮影所
原作︓島崎藤村『破戒』
脚本︓加藤正⼈/⽊⽥紀⽣
監督︓前⽥和男
⾳楽︓かみむら周平
公開︓2022年7月8日(⾦)丸の内 TOEI ほか全国ロードショー
公式サイト:https://hakai-movie.com/

 【ストーリー】
丑松(間宮祥太朗)は、長野・飯山の尋常小学校教師。穏やかな物腰と公正な性格で、生徒から人気がある。しかし丑松には誰にも言えない秘密があった。もしその秘密が暴かれれば、学校にもいられなくなる、友人にも知り合いにも蔑まれる。だから故郷を出るとき、父(田中要次)は「隠せ」と言った。「どんなことがあっても、絶対にしゃべるな。他人を信用してはいけない」
しかし同じ出自を持ちながら、猪子蓮太郎(眞島秀和)は「隠す」ことを捨てている。師範学校在学中に出自が暴かれ退校して以来、猪子は世の中の差別に真向から立ち向かい、書物を著し、思想家として各地をまわって演説を続ける。丑松は父の「戒め」を胸に刻みつつも、猪子の生き方に憧れ、信奉していた。
丑松は、寄宿先である寺の養女・志保(石井杏奈)に恋をする。互いに惹かれ合う二人だったが、丑松には本当のことを言う勇気がない。だからといって、最愛の人を偽ることもできない。そんなとき、丑松の秘密を知る人間が現れた。悪意ある噂は、瞬く間に広がっていく。

【見どころ】
「破戒」は島崎藤村の小説で、これまでに2回映画化されている。一つは木下恵介監督・久板栄二郎脚本で池部良主演(1948)。もう一つは市川崑監督・和田夏十脚本、市川雷蔵主演(1962)。いずれも原作の精神を遵守しつつ、独自の視点で斬り込む構成と筆致が素晴らしく、両作とも映画史に残る名作といえよう。木下恵介作品は、「隠さなければ生きていけない」人間の苦しみに寄り添う視点から描かれている。丑松が悩みながらも志保に手紙を書こうとするシーンは忘れ難い。真実を告白しようと決意したもののなかなか筆が進まず、ようやく「実は、私は…」とまで書いた途端、涙がこぼれて緊張の糸が途切れ、畳の上にあおむけになって筆を捨ててしまう。その人間の弱さに寄り添うまなざしが優しいのだ。かたや市川崑作品は「隠さなければ生きていけない」社会を断罪し、「恥ずかしいことではない、だから隠すべきことではない」という立場に立っている。三国蓮太郎扮する猪子が、丑松に対し心を開くことを求める。猪子の言葉は穏やかだが、それを聞いた丑松には針のように刺さる。そこにリアリティがある。なお、原作で彼に告白を迫るのは猪子ではなく別の人間で、これは市川崑版のオリジナル設定であるが、追い詰められる丑松の痛いほどの苦しさは、肌感覚として観る者に伝わってくる。

そんな昭和の二大作品が厳然として光り輝く中、令和の時代にどんな3作目が生まれたのか。

間宮祥太朗は、心の奥深くに出口のない苦しみを持ちながら、やさしい笑みを浮かべる等身大の丑松を好演。どちらかというと、木下恵介版に近く原作に沿っているが、「どうして故郷を語ることができないんだろう……」という呟きにオリジナリティを感じる。愛するものを否定しなければならない根源的な矛盾。他者が持つ偏見への恐怖だけではなく、自分の中にも「誇れない」気持ちがあって自分を苦しめていることを感じさせる。
親友で同僚教師の銀之助を演じる矢本悠馬の存在も大きい。銀之助の人の好さ、快活さがテーマの重苦しさをはねのけてくれるとともに、裏表のない銀之助でさえもが「知らないうちにお前を傷つけていた」と悔やむ場面にシンパシーを感じる。この言葉は、裏を返せば「知っていれば配慮した」ということでもある。しかし、それは果たして正解なのだろうか。友人さえ傷つけなければ、知らない誰かは差別してもよいわけはない。それが本当に些細な、忘れてしまうようなたわいのない話であっても、人間は「知らないうちに」人を「傷つける」ということを示して秀逸だ。悪意のある差別者ではなく、善意の銀之助が放った偏見の言葉にこそ、私たちに、差別と偏見の根深さをに改めて突き付け、第三者としてどのように差別問題にかかわるべきかを示唆してくれる。そう、これは「未開放部落」という一つの差別問題を入口として、私たち一人ひとりの中にある差別意識や偏見に問いかける映画なのである。
出自であれ、性差であれ、病気であれ、風貌であれ、いかなる差別も理不尽である。この世の中に、差別をしていいもの・してはいけないもの、という違いはない。だが理屈さえ正しければ差別がなくなるというほど、世間や人の心は単純ではない。法律が変わり、社会規範が変わっても、それですぐさま差別の温床が雲散霧消するとは限らないのだ。そこが難しい。
藤村の原作は、未開放部落問題に真正面から斬り込んだ名作だが、藤村は義憤にかられてこの小説を書いたのではなく、親族に精神病患者がいることを隠さざるを得ない自身の悩みや葛藤を、差別の理由は異なってもこのテーマに織り込んで書いたともいわれる。「未開放部落」「水平社」という言葉やその実態を知らない若者も増えてきた。けれども人を差別する心は厳然として存在する。何らかの理由で「隠さなければならない」「世間の目が怖い」という悩みを持つ人は、あとを絶たない。

だからこそ、それを考え抜いた上で編み出された、ラストシーンに注目してもらいたい。原作の結末は、丑松が新天地を求め、外国に旅立つところで終わる。狭小な一地方の偏見から脱出して自由になるのだ。市川崑版では、猪子のように社会運動に飛び込んでいく。苦しくとも社会を変革していくエネルギーを、映画は当事者に求めているのだ。戦後とはそういう時代でもあった。しかし今作はどちらでもない。丑松が自分らしく生きるためには、何をしたいのか。3つ目の結末は、21世紀を生きる私たちの心にストレートに響く。

(文/仲野マリ

 

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