一冊の本と鎌倉の街がうつしだす 50年前の叶わぬ恋
作品名: 監督:三島有紀子
配給:20世紀フォックス映画/KADOKAWA
公開年:2018年11月1日より全国ロードショー
公式サイト:https://biblia-movie.jp
【ストーリー】
鎌倉の片隅にひそやかに佇む古書店「ビブリア古書堂」。店主の栞子(黒木華)は極度の人見知りだが、本を手にすると深い知識と愛があふれ出し、言葉が止まらなくなる。ある日、幼い頃のトラウマが原因で本を読めない大輔(野村周平)が、祖母・絹子の遺した古書を売りに来訪。栞子はその内の一冊「それから」に記された、著者・夏目漱石のサインの真偽をすぐに見抜き、絹子がかつて秘密の恋をしていたことを指摘する。この縁で大輔は店でバイトを始めることに。一方で栞子も本にまつわる悩みを抱えていた。父から受け継いだ太宰治の処女短編集「晩年」の希少本を謎の人物に狙われていたのだ。その正体を探り始めた2人は、絹子の恋の行方と「晩年」に隠された謎がつながっていることに気づく。
【見どころ】
鎌倉は“物語”が似合う街だ。海と山、幾重もの歴史に包まれた土地には今も昔も多くの人々が訪れ、数知れない思い出を残していく。そんな街を舞台に、同じく多くの物語を閉じ込めた古書を巡る、新たな映画が誕生した。「晩年」を巡る事件の謎解きと同時進行で明かされていく、50年前のかなわぬ恋。切ないロマンスを彩るのは、美しくも憂いを感じさせる、鎌倉ならではの風景だ。随所に登場する切通は、2人の密会場面では木漏れ日の柔らかな光が印象的だが、別離のシーンでは一転、雨にそぼ濡れた陰鬱な場所へと変貌。また、ビブリア古書堂に向かう途中の切通は、古書からつながる謎めいた世界への入口のように見える。本作では黒木や野村などの若き実力派が顔をそろえるが、中でも絹子役の夏帆と恋人役の東出昌大は、相手のために思いを抑えるような古風で大人のロマンスを好演している。特に東出の少し猫背がちで繊細そうなたたずまいは、大きな体に鬱屈を抱えた文学青年役にぴったりだ。また、黒木の語る耳に心地よい本たちの物語は、聞いている者の好奇心を巧み誘う熱っぽさに満ち、物語に味を添えている。本を読むとき、作者の人生や時代背景を知ると、物語を二重に楽しめる。さらに本作では、古書は人から人に渡るたび、本そのものがストーリーを抱えてゆくのだと気づかせてくれる。この作品を見た後は、つい本屋に寄って夏目や太宰を手に取りたくなるだろう。
【文/深海ワタル】
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