「洞窟」

Il Buco © 2021 Doppio Nodo Double Bind, Essential Films, Société Parisienne de Production, Arte France Cinema

その穴はどこまで続く?
パソコンもGPSもない時代の「科学」と「冒険」


監督・脚本:ミケランジェロ・フランマルティーノ

制作:イタリア/フランス/ドイツ
第34回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門
第78回ヴェネチア映画祭コンペティション出品、審査員特別賞受賞
公式サイト:https://2021.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3404WFC04

【ストーリー】
1960年代初頭、北イタリアは経済ブームに沸き、次々と高層ビルが、上へ上へと建設されていく。そんな北の大都市とは隔世の感のある南西カラブリア地方。地理的にはイタリアの最西南、いわゆる「イタリアをブーツの形に例えれば」つま先にあたり、海峡を挟んでシチリア島と向かい合う。険しい山々の続く山岳地帯では、今日も老羊飼が日がな一日、たくさんの羊を連れてゆっくりと歩いていた。空に響くのは羊の鳴き声と、首につけられた鈴の音ばかり。そんな奥まった山間地に、ある日ジープが数台到着し、テントを張って野営地を作る。彼らはピエモンテ洞穴学の探検調査隊。大きく口を開けた洞穴が地中深くどこまで続くのか? 雑誌のページを引きちぎり燃やして落とすと、それはどこまでも吸い込まれていく。彼らは測量機器と探検アイテムを駆使し、綿密な測量とスケッチをもとにして下へ下へと降りていった。

【みどころ】
ほとんどセリフのない映画である。映像が美しい。大画面に映し出す映画の特性を生かし、探検隊が地下700メートル、世界で最も深い洞窟の一つを発見するまでの過程を描いている。今作られた映画だからフィクションではあるけれど、ドキュメンタリーに思えるほど再現性の高い作品。抜けるほど高い青空と、真っ暗な洞窟を照らすオレンジの灯りとのコントラストが印象的だ。
人1人すり抜けるのもやっとの狭い部分をすり抜け、地下湖はゴムボートで渡り、ある程度まで行くと入り口まで戻って上に紐で合図、休息してはまた地下深くを探りに行く。炭鉱のように「掘る」作業はないので落盤の危険性は少ないものの、ゼロではない。滑り落ちたり挟まれたりして戻れなくなる恐怖はつきまとう。酸素不足で動けなくなる危険性もある。パソコンもなければGPSもない時代。すべてが手作業である。科学といえど、それは冒険であり、自然への挑戦であることを認識させる。
都会と違って電気が珍しい村の暮らしも描かれる。探検隊のヘルメットにつける電球を持たせてもらい子どもたちがはしゃぐ光景が微笑ましい。老羊飼が羊を呼ぶ「ホー!」という叫び声には、人間が動物と寄り添って共存する生活が象徴されている。科学の重要性とともに、自然の中で生き、そして死んでいく人間の営みを、この老羊飼に象徴させストーリーの横糸にして織りなした構成が素晴らしい。

(文/仲野マリ

 

「スティール・レイン」(原題「鋼鉄の雨2」サミット)

「ベネシアフレニア」

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