明かりの消えない店で夢を見る 香港の“底辺”に息づく絆
監督:ウォン・シンファン
配給:未定
2019年第32回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で上映
上記サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32ASF08
あらすじ
香港にある24時間営業のファストフード店。夜になるとここには、家に帰れず寝床もない人々が集まる。中には常連も多い。かつて金融業界の寵児として名を馳せながら、転落したポック(アーロン・クォック)、落ちぶれた歌手のジェーン(ミリアム・ヨン)、夫を事故で亡くし1人で娘を育てる“ママ”、新参者の家出少年・サムらは、ほとんど店の「住人」だ。面倒見が良く頭の回るポックは、住人達への仕事の斡旋やトラブルの仲介をし、絶大な信頼を寄せられている。苛酷な環境の中でも互いを気遣いあう彼らは、今の生活から抜け出すことへの一縷の希望を捨てていない。しかし、義母の借金を肩代わりし働き続ける“ママ”の体には異変が迫り、ポックにも自らの苦しい過去と直面する出会いが待っていた。
みどころ
映画の原題は『i’m livin’ it』。某ハンバーガーチェーン店のキャッチコピーに引っ掛けたこのタイトルには「ここに住んでいる」に加えて「私はここにいる」という二重の意味がこめられているという。香港の格差社会の現実を突きつけながら、つながりを紡ぐ人々を描いた今作。若いサムに仕事の手ほどきをし、ママになけなしの金を渡して身売りを止め、盗みを働いた仲間に本気で怒るポックの姿からは、狭い土地を分け合って生きる香港ならではの助け合いの精神が伝わってくる。
日本でも「ネットカフェ難民」という言葉がニュースを賑わし、瞬く間に聞かれなくなってから数年が経った。この映画が貧困をテーマにした邦画作品と異なるのは、苛酷な現実を生きる「大人」同士が周囲に心を配りつながりあっているところだろう。日本で記憶に新しいのは『万引き家族』や『ギャングース』だが、この2作には子供と大人の保護関係や、子供同士の世界での友情は描かれていても、恋愛を除いた「大人」同士のつながりはほとんど出てこない。是枝監督の出世作『誰も知らない』においてもそれは同様だ。
むろん、香港でも映画で描かれているような温かな心のふれあいは一種のおとぎ話なのかもしれない。しかし、底辺の暮らしを強いられるものたちの作品でそこに光を当てて描くことそのものに、まず一つの意味がある。今作を観た日本人による「現実的ではない」「生ぬるい」という感想をいくつか目にしたが、これを“夢物語”と切り捨てる感覚こそ、日本で弱者に対する配慮が失われている証ではないだろうか。脚本を読み、必ずこの作品に参加すると決めたアーロン・クォックらスターたちにも、今作をただの悲劇にしないと決めた若き監督の気概が伝わったに違いない。
明りの消えない店の中、すぐ隣にいるかもしれない“見えざる弱者”への温かな視点を、日本でももう一度思い出してほしい。
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